2009年9月23日水曜日

「じゃあね」なんて言わないで

「またね」って言って

人と別れる時に「じゃあね」と言うか「またね」というかを使い分ける。
ということに最近気づいた。
・「じゃあね」…ただの別れの挨拶。社交辞令。
・「またね」…あなたと会えて楽しかったです。また会いましょう。

まあこういう意味抜きに何も考えずに使うこともあるけど。
こういう言葉の使い分けを自分で観察してみたらおもしろいかも。
自分は他人の評価はあまり口にしない主義だけど実は言葉の節々から漏れてたりするかもね。

他人が言うことは、興味なければ話半分で聞いてるけどwもうちょっと気を使って聞いてみるかな。
自分への評価が実は何気ない言葉からわかるかもしれない。
ひねくれ者なので直球で言われる評価はお世辞と思っちゃうので。

2009年9月18日金曜日

HTVドッキング成功

早朝4時から7時だけど生で見てました。いやー成功してよかった。講義?何それ食えんの?
日本の宇宙開発の歴史の大きな出来事。HTVは与圧部分があるから有人の技術が一部習得できたってわけだ。実際有人するとなったら再突入技術とかまだまだやることもあるけどね。

宇宙天文関連って科学分野の中でも国民の関心、支持が高い分野だからもうちょっと予算ください。
はやぶさ2とかはやぶさ2とかはやぶさ2とか。

そういえば来年2010年は、はやぶさが戻ってきて再突入カプセルが来るし、HTV2号機打ち上げ予定だし、PLANET-Cも打ち上げ予定。
たぶんまたPLANET-Cも愛称募集するんだろうなあ。何にしよう。
「あかつき」とか「みょうじょう」あたりかなあ。個人的には「あかつき」にしようと思う。

やっぱり宇宙にはロマンを感じるね。

2009年9月11日金曜日

心の痛みに

心の痛みに鈍感になったらだめだと思う。
孤独とか寂しさとか空虚感とか。

こういう痛みに対する「痛み止め」が2次元の世界なのかな、と思う。
その痛みが怖いからリア充と呼ばれているのは群れるのかな。

というか僕が満たされてないだけの話でしたね、はい。
でもこういう自分の心の感性というか感じ方は大事にしてきたい。
キモ充にすらなれんけど。

911

2001年9月11日、世界は変わった。

これからの歴史の文脈では911前と後で語られることになる。
911前は国家が主役だった。911後は見えない敵、テロリストとの戦いが主役になった。
国家対国家から非対称な戦いへ。

これからはもう先進国家対先進国家の戦争は起こらないのかもしれない。
冷戦時代では西側はソ連、東側はアメリカという共通の敵を下にに結束していた。
もしかしたらこれから先進国家はテロリストという共通の敵の下にに結束するのかもしれない。

ただし、東アジアでは朝鮮問題という冷戦の遺物が未だに残っている。
欧米から見ている世界と日本から見ている世界はまるで違うものなのだと思う。

これからの時代、どう日本は舵取りをしていけばいいのか。

2009年9月4日金曜日

リア充>(彼女、女友達がいる壁)>キモ充>>>(コミュニケーション能力の有無)>俺

そろそろ半年近くなるけど大学の友人との距離感がつかめなくて困る。
というか話題がよくわかんない。なんか適当な話でお茶濁すだけ。
正直言っておもしろくない。過去問もらえる仲と割り切っちゃえばそれまでだけど。

リア充どもは本当にコミュニケーション能力に優れていると思う。
これは本当にすごい。会って半年で10年来の友人みたいな付き合い方してんだもん。
というか最近オタクでもコミュニケーション能力の有無で分けられることに気づいた。

オタでもコミュ能力あるやつは充実した生活送ってやがる。
キモ充ってやつですな。頻繁にどっか行ったりとか。

なーんかATフィールドが僕にはあって、話せる仲程度ならいくらでもできるけどそれ以上ってなると
時間がかかるんだよなあ。